夏講日記(その10)-留め置かまし 大和魂-

教えるときに心がけていることが、いくつかあります。

その壱。丁寧に教えること。

できないから、できるようになりたいと、人は勉強します。わからないから、わかるようになりたいと、人は勉強します。

教える者は、できるようになってほしい、わかってほしいと願い、丁寧に教えなくてはなりません。まちがっても、ぞんざいに教えてはなりません。

その弐。健全に教えること。

学びたいという欲求は、心の底から湧きあがるものです。エサが無ければ走らない、不埒な競走馬のようでは困ります。

教える者は、不用意なニンジンを目の前にぶら下げてはなりません。不健全な衝動を、起こさせてはならないのです。

できるようになりたいという欲求を呼び起こすこと、それが一番大事なことかもしれません。

その参。共感を持って教えること。

お医者さんが患者さんに、こんなことを言い出したら、ちょっと怖いですね。

「苦しいですか?つらいですか?…私は苦しくも辛くもありません。苦しいのも辛いのも、所詮あなたのことですよね。私には関係ありません。ですから、この治療はきっと恐るべきものになるでしょう。」

教える者もいっしょです。こんなこと言いだしてはいけません。

その肆。誉めること。

すばらしい!と思ったら、正直に誉めます。

誉められてうれしいから…と、さらに精進してくれることを願っています。

その伍。叱ること。

まちがっている!と思ったら、躊躇なく叱ります。

叱られてこそ直ることも、たくさんあるからです。

今日も五ヶ条復唱して、朝からしっかり頑張ります。

石川数学塾大阪
学園前教室・杉浦

夏講日記(その10)-留め置かまし 大和魂-

教えるときに心がけていることが、いくつかあります。

その壱。丁寧に教えること。

できないから、できるようになりたいと、人は勉強します。わからないから、わかるようになりたいと、人は勉強します。

教える者は、できるようになってほしい、わかってほしいと願い、丁寧に教えなくてはなりません。まちがっても、ぞんざいに教えてはなりません。

その弐。健全に教えること。

学びたいという欲求は、心の底から湧きあがるものです。エサが無ければ走らない、不埒な競走馬のようでは困ります。

教える者は、不用意なニンジンを目の前にぶら下げてはなりません。不健全な衝動を、起こさせてはならないのです。

できるようになりたいという欲求を呼び起こすこと、それが一番大事なことかもしれません。

その参。共感を持って教えること。

お医者さんが患者さんに、こんなことを言い出したら、ちょっと怖いですね。

「苦しいですか?つらいですか?…私は苦しくも辛くもありません。苦しいのも辛いのも、所詮あなたのことですよね。私には関係ありません。ですから、この治療はきっと恐るべきものになるでしょう。」

教える者もいっしょです。こんなこと言いだしてはいけません。

その肆。誉めること。

すばらしい!と思ったら、正直に誉めます。

誉められてうれしいから…と、さらに精進してくれることを願っています。

その伍。叱ること。

まちがっている!と思ったら、躊躇なく叱ります。

叱られてこそ直ることも、たくさんあるからです。

今日も五ヶ条復唱して、朝からしっかり頑張ります。

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夏講日記(その9)-留め置かまし 大和魂-

「夏休みは二面的なものである…(以下余白)」。

こんなふうに書き殴ったまま放置しておくと、かっこいい哲学書の一丁上がり…でしょうか。

ところがきっとこのブログでは、一丁上がりませんでしょう。何を書いているのか、説明せねばなりません。

「夏休みは楽しそうだから待ち遠しい、しかし宿題どっさり出されそうでいやだな」。

「夏休みには思う存分勉強できて幸せに違いない、しかし勉強だけってのもなんだしなぁ」。

「夏休みは6週間もあるんだから、1週間くらい放浪の旅に出たろうか、いや2週間かけて日本一周したろうか、いっそのこと4週間使って世界一周して見よか、しかししかし、勉強ペースが独り遅れて、浦島太郎ってのもなぁ」。

二面性はどっちつかずそのものです。あれこれ言っているだけで時が経ちます。

その反面、二面性は余裕の裏返しです。入試直前にできるこっちゃありません。

さてさて望むと望まざるとにかかわらず、否応なく二面的であるならば、いっそのこと二面性を楽しんでみてはいかがでしょうか。

待ち遠しく思うのも冒険、宿題どっさりも冒険、初めての経験ならなお一層、どっちもやってみて総括を楽しんでみては如何。

思う存分勉強しても、勉強が呼吸にとって代わるわけじゃあるまいし、勉強以外に手を出せるものが、きっと一つはあるでしょう。勉強して、他にも何かやって、食事して、お風呂に入って、睡眠とって…。忙しい毎日に乾杯!。

浦島太郎の時計はゆっくり進んだようですね。時計が進むのを忘れるほどに熱心に、大空を羽ばたくように旅行できたらそれでよし。現世が懐かしくなったら、玉手箱を開けてみましょう。白い煙がもくもくと上がり…、時計の針だけ早回しで回ります。

要するに、あれこれ心配している暇があったら、まず、おやりなさい!

立ちすくんでいるだけでは、何も始まりませんよ!

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夏講日記(その8)-留め置かまし 大和魂-

ウォーカーしはじめて気づいたのですが、不思議と「人」に出会う日があります。出会う「人」は、不思議な人が多いです。

昨日も奥飛鳥・栢森にむかって歩いておりました。もうすぐ女綱というところで、栢森方面から原付バイクでおりていらっしゃったご婦人が、叫び声をあげはりました。

すわ、非常事態!と駆け寄りましたが、ご婦人はピンピンしておられ、原付バイクをターンして栢森方面に帰って行かれました。

「扇風機のスイッチ、切り忘れたぁ、えらいこっちゃ!」だそうです。

どうやら小生、扇風機の唸り顔だったようで(笑)。

伝飛鳥板葺宮の西方、飛鳥苑池を、橿原考古学研究所が発掘しております。

「掘ってる、掘ってる!(喜)」と、小生無邪気に駆け寄ってしまいます。

横で田んぼ仕事のおじいさん曰く「橿考研が田んぼ売ってくれゆうてきた。もう百姓の時代でもないし、ここ売ってん。何掘ってんのやろ?最近、腰がしんどうて。若い頃から、かがみっぱなしやったからな。もう76(歳)やし…」。独白は続きます。

いろいろ合いの手入れるんですが、聞こえてか聞こえずか、延々と。

「まだまだ、お若いですやん!」と、唯一この時だけ、「そっかなぁ~(喜)」と。

なあ~んだ、聞こえてんですね。

旧飛鳥小学校跡地の明日香村埋蔵文化財展示室にて。昨年11月9日、石舞台の石室内でご説明いただいたボランティアさんと再会しました。

「お久しぶりです。飛鳥石(飛鳥産の花崗岩)の説明、私の顔のようにシミが一筋…って覚えてます。あの時はありがとうございました。」

「ああ、あの時の…。よう覚えといてもろて、ありがとう!」

旧交を温めるって、いいですね。不思議な縁を感じた、昨日の明日香村でした。

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夏講日記(その7)-留め置かまし 大和魂-

「先生って、子供の頃、どんな子だったんですか?」と、聞かれることがあります。

隠し事せず、正直に答えることにしています。

元気な子でした。大人になったら「長嶋茂雄になりたい」と、真剣に主張しておりました。いわゆる野球少年でしたが、かなりアホだったかもしれません。

理屈っぽい子でした。長嶋茂雄の次は、「哲学者になりたい」と、これまた真剣に主張しておりました。かなりの確率で、アホだったにちがいありません。

不思議な子でした。小生全く記憶にないのですが、西三河の山奥のおふくろの実家に行くと、家の中では決まって仏間、家の外では田んぼか畑に、一人でいたそうです。仏間では遺影と語らい、田んぼでは赤とんぼと、畑ではジョロウグモと語っていたそうです。

おふくろの実家から道を隔てて真向いが村社でした。拝殿が開いていると、日露戦争の出征写真が飾ってあったりして、これはこれで幼き小生にはとてつもなく興味深いものでしたが、正面向かって左に、奇妙な「庚申さん」が鎮座していたことが、無性に楽しかったらしいです。

見ざる、言わざる、聞かざるたちが、三十三体も彫られていました。6行×5列が、かわいらしく小さく、あと3匹が大きく彫られておりました。小生は猿たちに正対して、見ざる、言わざる、聞かざるポーズを、延々と真似しておったそうです。

軒下のアリジゴクをだまして釣ったり、縁の下のニワトリと追いかけっこしたり、なかなか目を離すと危険なやつだったとか。

西三河の山奥が大好きな子でした。いわゆる山猿ですね。

ふだん学園前教室で教えておりますのは、大人になった大山猿だと思ってもらっていいでしょう。

大山猿は、何か大事なものを、子供のころ大好きだった西三河の山奥に置き忘れてきたような、何とも言えない所在なさとつき合いながら、都会生活を送っています。

毎週末、明日香村や三輪山麓に探しに行くもの、それは子供の頃の小生自身なのかもしれません。

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夏講日記(その6)-留め置かまし 大和魂-

梅雨が明けきらないのに台風がやってくる、そんな奇妙な状況に慣れっこになってしまった小生が恐ろしいです。

ふと気づいたら背筋が凍っていました…と、よくある自分に背筋が凍ります。

包丁を手の甲でくるりと一回転、危険は重々承知なんですが、貧乏ゆすりみたいなものでやめられません。

目に見えて背筋が凍るのはまだしも、普段見えないものが見えてしまったとき、恐怖最大級です。

この歳になって、お化けや幽霊が怖いわけではありません。もしもいらっしゃるのなら、仲良くなりたいものだと思っています(笑)。

人外(じんがい)の化生(けしょう)、畏るるにたらず、我が心胆を寒からしめたものとは…。

生徒たちが「学年末評定」をもらってくる季節になりました。激励代わりの補講や追加課題をかまされる皆さんもあり、悲喜こもごもです。

がんばった皆さんは誉められ、気合を入れられる皆さんは囲われ、囲われた皆さんは阿鼻叫喚を経て、「やっぱ、勉強しとかなぁ」と悟ります。

この流れるようなフルコースに、何らの疑問を持つものではありませんが、流されていく皆さんが、いつのまにか、「囲われるのが嫌」で、「強制補習が嫌」で、「追加課題が嫌」だから…と、後ろ向きに追い込まれていくことが気になります。

まずがんばる、甘かったら潔く囲われ、潔く鍛えられ、更なる深淵に潔く沈む…、これこそが本来あるべき姿ではなかったでしょうか。

言うまでもなく、人は高みに駆け昇るために生きています。さまざまなサポートシステムは、それを助けるためにあります。

しかしながら、ひとたびシステムが暴走し、人を疎外したならば、有益なるシステムは、無益どころか害悪に転化するでしょう。

これは人が作り上げた夢幻ではありません。地下深くに潜行し、いずれ人そのものを、その埒外に置かんとする魔物です。

気づいたら心機一転、潔く闘おうではありませんか。

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夏講日記(その5)-留め置かまし 大和魂-

最近心に残った会話から。いくつか、おつきあいください。

まずは、あるお母様と。

「先生、どんな時に、生徒を誉めるのですか?」

「この子、すごいなぁと感動した時に、正直に誉めます。」

「どんな時に、叱るのですか?」

「ウソをついたとき、やる気が無いとき、逃げたとき…ですね。」

「立腹された時も、正直に?」

「腹が立ったら、叱りません。冷静に叱れないですから。誉めるときは、お祭り騒ぎでいいですが、叱るときは違います。」

もうひとかたのお母様と。

「うちの子、勉強が嫌いで、困っています。」

「困らないで、喜んでください。」

「喜ぶなんて…言うに事欠いて、何言い出さはるんですか?」

「我慢して勉強するすばらしさを身につけられるのは、勉強が嫌いな子だけです。勉強好きだったら、我慢しなくていいですから。好きな勉強を好きなだけするのは、全然偉くありません。誰でも、好きなことは放っておいてもしますよね。勉強ができるようになった子は、きっと我慢したから偉い子だといわれます。勉強って「勉励」に「強制」なのですよ。大部分の子にとっては…。」

「うちの子が勉強好きであってくれたら…。」

「勉強好きであってくれたら、お母さんが幸せですよね。しかし子供さんはどうでしょう。勉強大好きで、学者人生が拓けましたら、幸せなまま過ごせますが…。前途洋洋でしょうが…。果たして…。」

同世代のお父様と。

「先生、私たちの世代って、子供らの世代に何を残せてあげたのでしょうか。私たちの親父たちの世代は、「豊かな国・日本」を残してくれました。私たちの世代は…?」

「「平和な国・日本」を、残せたじゃないですか。「シラケ」てたり、「暴力集団」だったり、何かとマイナスイメージのレッテルがついて回りましたけど、平和を闘い取るために、砦の上に「世界」を作った世代です。胸を張りましょう!」

「そうですね。最近の時勢に、キナ臭い陰謀を感じます。若い頃だったら、もっと怒ってましたよね、私等…。」

「お父さんも、私も、老け込むにはまだ早いですよ。暗雲立ち込める時勢なら、実力で粉砕するのが、私たちだったじゃないですか。昔の名前で、出撃しましょうよ!」

「懐かしいですな、先生!メットと、ゲバ棒と、闘うぞ!闘うぞ!勝利するぞ!闘うぞ!…。アンポォ~、フンサイ!テイダイ~、カイタイ!トウソウ~、ショウリ!」

「お互い、なんだか、元気が出てきましたね!」

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夏講日記(その4)-留め置かまし 大和魂-

松陰先生を語り出したら止まらない杉浦…と、その通りですので、自止めしたいと思います。

留め置かまし云々と偉そうなことが言えますのも、健康に齢(よわい)を重ねてこそですね。

小生、あいかわらず、てくてく歩いております。「あいかわらず」どころか、いよいよもって、目的が歩くことに特化されてきたように思えます。

二か月ほど前のウォーキング記録から。

「明日香村野口駐車場→明日香村豊浦(とゆら)→孝元(こうげん)・剣池嶋上(つるぎいけしまのかみ)陵→近鉄橿原神宮駅→宣化(せんか)・鳥屋(とりや)ミサンザイ古墳→新沢(にいざわ)千塚→白橿ニュータウン→小谷古墳→沼山古墳→近鉄岡寺駅→五条野丸山(ごじょうのまるやま)古墳→明日香村野口駐車場」(歩き続けて7時間)

剣池嶋上陵…は、円墳が三つ集まっただけであります。前方後円墳ではありません。小谷古墳はお見事なほど大きな石室でして、斉明陵に誤解されていたこともあるとうなずけます。沼山古墳で勢い余って竹藪の奥にずんずん進んで行ってしまいまして、ムカデに大きな羽が生えたような不思議な生き物に、左手人差し指の先を喰われた…ことを、やっと思い出しました。小生の患部が、何の病気でもなく、単なる虫刺されだったとは、トホホです。

一昨日のウォーキング記録から。

「明日香村野口駐車場→立部(たてべ)集落→(朝風峠を目指したはずが何故か)祝戸(いわいど)展望台→石舞台古墳→伝飛鳥板葺宮(あすかいたぶきのみや)跡→飛鳥苑池跡→水落(みずおち)遺跡→石神(いしがみ)遺跡→大官大寺(だいかんだいじ)跡→(香具山をかすめて)推定紀寺跡→藤原京・元薬師寺跡→(飛鳥川沿いに上って)伝小墾田宮(おはりだのみや)・古宮土壇→甘樫丘→菖蒲池(しょうぶいけ)古墳→小山田舒明陵か?→明日香村野口駐車場」(歩き続けて6時間)

不思議なことですが、回を重ねるごとに、なぜ私は歩いているのだろうという自問が、どんどんトーンダウンして、目前に道があるからだという自答が、どんどん輻輳されていくのです。

健康になれば、結果オーライ。おそらく歩き続けるであろう小生です。

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夏講日記(その3)-留め置かまし 大和魂-

「身はたとひ 武蔵の野辺(のべ)に 朽(く)ちぬとも 留め置かまし 大和魂」

我が心の師・松陰先生は、安政の大獄にて、罪無く処刑される前日に、遺書『留魂録』(りゅうこんろく)を書き上げました。

同一内容で二部書かれたそうです。一部無くなっても、もう一部伝世するよう…、カーボン紙など無かった時代に、ましてやコピー機など無かった時代に、いやあっても獄中ではきっと使えなかったであろう時代に、松陰先生、おおいに慎重でいらっしゃいました。

夏講日記の副題を、冒頭の辞世からいただきました。『留魂録』のに書かれたものです。

我が刑死体が処刑場にさらされ、腐り果てていこうとも、たとえ肉体が滅ぼうが、我が大和魂は留め置きたいものだなぁと。

ご自身の死にもかかわらず、まるで他人事のように美しい、松陰先生ワールドであります。

「死して不朽(ふきゅう)の見込みあらば、いつでも死ぬべし。生きて大業(たいぎょう)の見込みあらば、いつでも生くべし。」

「死は好むべきにも非(あら)ず、亦(また)悪(にくむ)むべきにも非ず、道尽き心安んずる、便(すなわ)ち是れ死所。」

ともに高杉(晋作)宛ての書簡です。

「難しいなあ…。要するに、ダラダラ生きて老衰で死ぬな、生きる価値があってこそ生きよ…そういうこと?」

と、大人びた生徒に、しばしば聞かれます。

「そうだよ。生きるべき生(せい)を生き、死ぬべき死(し)を死になさい。先生はそう言ってらっしゃるんだね。」

もしも、もしも、激烈なる生を、何かのまちがえで長生きされてしまったら、子供たちに微笑みながら昔日を語る、松陰先生に出会えたかもしれません。出会ってみたかったです。

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夏講日記(その2)-留め置かまし 大和魂-

我が心の師・吉田松陰先生について語るとき、いずれも「人後に落ちず」と自負する面々が集まると、遺書「留魂録」のどのフレーズが好きか?ってな、マニアな議論になります。

諸説紛々ののち、落ち着きどころが決まってここです。

「今日死を決するの安心(あんじん)は四時(しいじ)の順環に於(お)いて得る所あり。蓋(けだ)し彼(か)の禾稼(かか)を見るに、春種(たねまき)し、夏苗(なえうえ)し、秋刈(か)り、冬蔵(ぞう)す。秋冬に至れば人皆其の歳功(さいこう)の成るを悦(よろこ)び、酒を造り、醴(れい)を為(つく)り、村野歓謦あり。未(いま)だ曾(かつ)て西成(せいせい)に臨(のぞ)んで歳功(さいこう)の終るを哀しむものを聞かず。」

…人生は、四季のようなものだと。収穫の秋と、秋に次ぐ冬を、人々は喜ぶ。人生の秋冬だけを、悲しむ必要があろうか…と。

罪無くして処刑される、まさに前日に、なんと清々しい理屈でありましょうか。小生のような凡人には、およそ真似できません。

何歳にして四季を終ろうとも、長い、短いの人生ではなく、中身の濃い一生でありたいと。

「義卿(ぎけい)三十、四時巳(すで)に備はる、亦(また)秀で亦実る、その秕(しいな)たるとその粟(ぞく)たると吾が知る所に非(あら)ず。もし同志の士その微衷(びちゅう)を憐(あわれ)み継紹(けいしょう)の人あらば、乃(すなわ)ち後来(ごらい)の種子(しゅし)未(いま)だ絶えず、自ら禾稼(かか)の有年(ゆうねん)に恥(は)ぢざるなり。」

種子が物理的に実ろうが実らまいが、存念は世代を超えて継承される。それゆえにこそ、人生有意義であると。

もはや澄みきった美しさと言わずして、何と形容されましょうか。書物を介してのみですが、我が心の師に出会えて本当に良かったと、天に感謝したいです。

いささか尊大にはあれど、願わくは小生の背中に四時(しいじ)を透かし、種子を継紹(けいしょう)せんとする人あらんことを。

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