暴-夏講日記(その26)

いやはや台風5号には、参りましたね。大雨警報と暴風警報がダブルパンチとは、奈良市内では久しぶりでした。

授業2時間前にダブルで発令されていますと、授業が消滅します。いちど消滅した授業は、警報が解除されても復活しません。

この通常授業ルールを講習授業にも適用しまして、10時開始の授業でしたら午前8時、13時30分開始の授業でしたら11時30分に、ダブル警報が発令されていますと授業がなくなるわけです。

授業がなくなりましても、スタッフは教室におります。なぜかと言いますと…。

誤って教室に来てしまった皆さんの安全を確保する必要があるからです。

安全が確保できるまで勉強してもらって構いません。しかしながら、いつもの「授業」ではありませんから、教室に留まることは、あくまでも自己責任に基づきます。

安全に帰れそうなタイミングで、そそくさと終了、皆さん家路を急がれます。

台風への対応、何度も繰り返してきました。もはやしくじる心配もありますまい。

それでも誰一人として被害に遭うことなく、台風をやり過ごせた幸せ、何度でも新たにこみあげてくるものです。

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伝-夏講日記(その25)

「君の学校、見るからに立派なたたずまいだよね。一番奥に、生徒指導室があるのを知っているかな。」

「校則を破ると、生徒指導部の先生に、生徒手帳を没収される。生徒指導室に取り返しに行くことになるのだよ。」

「生徒指導室に入ると、○日本プロレスのレスラーみたいな先生が出てくる。生徒指導部の先生だ。」

「ズウタイデカイだけのヤツとか、バカにしちゃいけない。先生はおもむろに、こうおっしゃる。」

「コラ!何の悪事だ?」

「正直に答えなきゃいけない。○日本プロレスは、怒り出すと厄介だ。」

「コラ!よう見とけ!と言うが早いか、目の前の机にエルボードロップ、机は真っ二つに割れる。」

「先生はおっしゃる。こうなりたいか?はやいとこ、目ぇ覚まさんかい!」

みなさん、せっかく入学できた志望校なのに、なぜか数週間でナメ始めます。そんな時には、少々きつい都市伝説を一席。みなさん、蒼白になって、居住まいを正すのも、また可愛らしいものです。

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月-夏講日記(その24)

早起きが日常化していますと、朝起きたとき、空にまだ月があるってことが多いです。ぼんやりと見えていることもあります。

仕事を終えて、夜帰るときに、やはり月が見えていることがあります。講習期間中ともなりますと、日中は教室にこもっていますから、太陽を意識することが、あまりありません。その代りに、月ばかりが目立ちます。

神代の昔、月の貴子・ツクヨミは、日の貴子・アマテラスとともに、協力してこの世に君臨するはずでした。しかしながら、いつのまにか、アマテラスに比べて、ツクヨミの影が薄くなっていきました。なぜでしょうか?

おそらくは人たるものが、日中に活動し、夜間に寝ていることと、関係深いのでしょう。夜半、夢の中にある世界は、スサノオが支配する「あの世」と、およそ同じようなものだったのでしょう。

月の光に照らされた「この世」は、まさに「異界」以外の何物でもなかったのです。

人々は異界に遊び、異界を畏れ、そして異界を崇めてきたにちがいありません。月は異界へのチャンネルスイッチだったのです。

月の向こう側に、異界を見る。…帰宅する際の楽しみが、またひとつ増えました。

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月-夏講日記(その24)

早起きが日常化していますと、朝起きたとき、空にまだ月があるってことが多いです。ぼんやりと見えていることもあります。

仕事を終えて、夜帰るときに、やはり月が見えていることがあります。講習期間中ともなりますと、日中は教室にこもっていますから、太陽を意識することが、あまりありません。その代りに、月ばかりが目立ちます。

神代の昔、月の貴子・ツクヨミは、日の貴子・アマテラスとともに、協力してこの世に君臨するはずでした。しかしながら、いつのまにか、アマテラスに比べて、ツクヨミの影が薄くなっていきました。なぜでしょうか?

おそらくは人たるものが、日中に活動し、夜間に寝ていることと、関係深いのでしょう。夜半、夢の中にある世界は、スサノオが支配する「あの世」と、およそ同じようなものだったのでしょう。

月の光に照らされた「この世」は、まさに「異界」以外の何物でもなかったのです。

人々は異界に遊び、異界を畏れ、そして異界を崇めてきたにちがいありません。月は異界へのチャンネルスイッチだったのです。

月の向こう側に、異界を見る。…帰宅する際の楽しみが、またひとつ増えました。

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親-夏講日記(その23)

「まあまあ、そんなにカッカなさいますな。血圧、上がりますよ。」

「私みたいに、降圧剤、ガリガリかじるようになると厄介です。なにぶん、ご冷静にどうぞ。」

「ご高説、拝聴いたしました。要するに、ご子息に気合いを入れると、きっと勉強するだろうと。それから、ネチネチ管理すると、きっと勉強せざるを得ないだろうと。」

「そうですね。一時の対症療法としては、有効でしょうね。恒久的な効果は、疑問符です。」

「ひとつお聞きしてよろしいでしょうか。お父様、お母様は、気合を入れられると勉強するタイプでしたか?あるいは、細かい管理教育に、唯々諾々と従った子供でしたか?」

「はい、苦笑なさいましたね。何よりも雄弁なお答えです(笑)。」

「ご自身ができなかったことは、子供さんにもできません。どんなに素晴らしい教師が教えても…です。」

「私はこんなふうに考えるんです。子供さんにとって、大目標は人生目標です。将来の希望です。多くの場合この目標は、地域や社会からインスパイアされるものです。小目標は生活目標です。早寝早起きから、毎日勉強まで、多くの場合ご家庭で躾けられるものです。」

「お父様、お母様の守備範囲は、本来ご家庭ですよね。ホームポジションに戻られて、まずは自ら始められてはどうでしょうか。」

「古より、わが国では、「親父の背中」が最強の教育者だったといいますから…。」

焦っておられるご父母と、小生の話し合いです。「うまくいかなかったらどうしよう」と思うから、人は焦ります。しかしながら、はい、大丈夫です。うまくいかねば「明日から農民」と、根性据わった小生に、耳を傾けてください。きっと得られることが、おありですよ。

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生-夏講日記(その22)

「やりたいことが、他にあるんだね。貧乏が怖いからって、本当にやりたいことを棚上げして、生業を得ようというわけだ。」

「趣味で納得できるんなら、それでもいい。しかしいつまで、我慢できるかな?」

「私は不正直が嫌いだったし、人一倍不器用だったから、やりたいことしかやってこなかった。この国は、そんな奴でも人並みの暮らしができるくらいに裕福なんだよ。」

「私に比べれば遥かに器用で、数倍賢いきみが、私と同じ生きようをする必要はない。けれど、いつかこの人生が終わるとき、良い人生だったと思えるように生きたいものだ。」

「あなたのことだ。あなたが考えればよい。いろんなアドバイスをもらって、きみは幸せ者だよ。」

誰かに引いてもらったレールを歩いて行くことが、すさまじく嫌いな正直者に語る言葉です。レールを引かれて困っている人以上に、レールを嫌がられて困っている人、あまりに安易なレールを引こうとしている人、そして自力では歩めなかったにもかかわらず、次世代には必ずできるはずだと、何の根拠もなく盲信している人々に聞いてほしいです。

始点から終点まで、不幸がスパイラルするだけのレールも、たいへん残念ながら、存在しますから。

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歩-夏講日記(その21)

「良く頑張ってきたね。入試まで、あと○ヶ月。有名上位校なら、たいがいどこでも通るよ。」

「え?最難関?あと一歩、ほんとにあと一歩だね。けど、この一歩は、ほんとうに大きな一歩なんだ。」

「どうすればいいかって?方法論やハウツーを論じてる限り、この一歩は永遠に踏み出せないね。」

「勉強時間、教材、カリキュラム…すべていっしょで良し。極端なことを言うと、とりあえず今のままでも、あと一歩は踏み出せるよ。」

「じゃあ、何が違うのだろう?ところで、普段から決意してから勉強しているかい?よっしゃ、やったろう!とか?」

「決意は立派!しかしながら、一歩踏み出すには、まるで空気を吸って呼吸するように勉強したまえ。生まれてから今日まで、決意して呼吸したことはないだろう?呼吸するように勉強するって、勉強が無意識の所作になってしまうことなんだ。」

「その一歩は、いつに変わらない一歩だけれど、不可逆で、不連続な一歩なんだ。」

「難しいかい?要するに、あなたが別人になってしまう一歩なんだよ。」

「どうだい?進むも、退くも、すべてあなた次第。自分のことは、自分で決めようね。」

せっかくここまで来たら、最難関に滑り込みたい…そんな皆さんのお悩みに、小生が答える言葉です。小さな個別指導塾から、大きな入試実績が生まれる秘密でもあると思っています。

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解-夏講日記(その20)

「たった一つの解き方しか許さないなんて、ずいぶん矮小な話だね。」

「解ける方法が正しい方法だと、私は常々思っている。正しさは、人それぞれだ。」

「それにもかかわらず、たったひとつに決めなくちゃいけないなんて、たいした異常事態だ。たった一つに決める人なんて、ヒトラーみたいなファシストだ。」

「ヒトラーが解き方あれこれ言う前に、私は現に目の前で解いてあげるよ。」

「よし!」と思ったら、真似してね。「学ぶ」こととは「真似ぶ」ことだからね。

「あなたにベストの解法が定まれば、それこそオンリーワンだよね。期待しているよ。」

「ところで、俺様の解法しか許さん!とか言った狭隘な輩は、どうしてくれようか?」

「ひょっとして、自己主張はできるけど、他人に耳を貸せない、そんな典型的な人かもしれないね。」

「可哀想な人かもしれない。猛省を促そうじゃないか。」

何のことかといいますと、「教えた解き方しか許さない」と、どこかで脅されてきた皆さんに、普段小生がかけている言葉です。

長々と聞き終わったころ、子供たちの表情が、パッと明るくなる瞬間が好きであります。

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束-夏講日記(その19)

三週間ほど前のことです。

西飛鳥から高取方面へ。途中で近鉄吉野線と別れて、高取国際高校方面へ。佐田集落の神社の境内に、束明神古墳があります。

最高級の終末期古墳です。草壁皇子の墓と、衆目の一致するところです。

人麻呂の挽歌が、万葉集にたくさんあります。それを根拠に「おそらくこのあたりであろう」と、古くから言われてきました。

集落の人々も、長く大切に守ってきましたが、明治維新以降、天皇陵治定→強制移住が常態化するにつけ、大切にしてきた墳墓を、泣く泣く攪乱したといいます。

天智・不改常典(改めざる常の典)以来、天皇の父親は天皇でなければなりませんでした。夭折ゆえに即位できなかった草壁は、その子・文武の即位を以って「岡宮天皇」を追贈されました。

束明神のすぐ真後ろに、やたら立派な「岡宮天皇陵」があります。別の神社の境内です。

ついでに見ておこうと歩いていましたら、お百姓さんに呼び止められました。

「束明神はんでっか?シシトウ、採ってきなはれ。ようけできました(笑)。」

「束明神はんでっか?ピーマン、採ってきなはれ。ようけできました(笑)。」

「束明神はんでっか?スイカ、採ってきなはれ。ようけできました。でかすぎて、無理でっか(笑)?」

古墳築造から千年以上、それでも束明神古墳がここにあることが、人々の誇りなのだと感じ入りました。

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穀-夏講日記(その18)

とうもろこしを差し入れていただきました。さっそく塩茹でして食べました。

マイ中華鍋を持っているくらいですから、塩茹でもそつなくこなします。

「ゴッツイ顔つきからは、推し量れない」そうで、何やら複雑な心境です。

今回は「とうもろこしの塩茹で三ヶ条」をお届けします。普段小生が気をつけていることです。

まず、したごしらえ。<<皮を一枚残すこと>>。

ゆでている最中、粒の表面を保護できます。茹であがってから、ヒゲを取りやすくなります。皮の風味がほんのりと粒に乗り移って、何とも芳しくなります。

ちなみに皮は、熱いうちにちぎってください。熱いほうがちぎりやすいです。

次に、茹でている途中。塩加減は多少きつめで、<<落としぶたを忘れずに>>。とうもろこしに水がかぶりきっていなくても、まんべんなく熱が行き渡ります。

水が沸騰してからとうもろこしを入れて、弱火で15分、火を止めてから最後のポイントです。とうもろこしを<<いきなり出さずに、10分間ほど放っておきます>>。塩味が浸みわたって、とてもおいしく仕上がりますよ。

皆さんも一度、試してみてください。

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