春休みになすべきこと。

学事日程が学校によりバラバラになっているようですが、先週の半ばよりどの学校もいよいよ春休みに入ったのではないでしょうか?

 

さてそこで「春休みになすべきことは何か?」ということについてお話しましょう。


ⅰ)この1年間の振り返りをしましょう。

  学校からの課題で3学期に学習した内容の振り返りが出ていることでしょうが、
    出来れば1年を振り返り弱点の教科や単元の振り返りをしてください。


ⅱ)新しい年度に備えましょう。

  4月から新しいカテゴリーにそれぞれ進学・進級されることと思いますが、
   「備えあれば憂いなし」という言葉もあるように、しっかり準備しておくことが大切です。

 

とは言え、何をどうすればいいのか判らないとおっしゃる皆さんもあられるのでしょうね。


いかがですか?石川数学塾大阪の春期講習に参加されてみては。


石川数学塾大阪の春期講習は通常授業と同じく、生徒一人ひとりの習熟度やスケジュールに合わせて、カリキュラムの内容や受講の日時・回数が決められますよ。

 

いまはまだ席に余裕がありますが、すぐに埋まってしまうかもしれません。

昔から「善は急げ」って言います。
最近では「いつやるの?今でしょう!」()
思い立ったら即行動。

 

みなさんのご参加をお待ちしています。

上本町教室 中土井

(続)てくてく-春講日記(13)

昨日、恒例のテクテクしてきました。

山辺道(三輪→天理)、今回は「あれこれの古墳に脇道」無しで、一目散に歩き切りました。

JR奈良駅まで帰ってきて、テクテク平城宮跡へ。奈文研の発掘速報へ。

鎌倉時代の軒丸瓦に「興福寺」のスタンプ、にやりと笑ってしまいました。

飛鳥・白鳳の仏閣瓦ばかり見ていますと、ここには蓮華紋と決まっているのですが…。

大量生産システムの為せる業でしょうか。

同じく興福寺、北円堂脇のごみ穴から、グルメ海産物の残骸が…。

豊かな暮らしを、垣間見ました。

かんじんの平城宮跡、佐伯門脇に大溝が…。

おそらく秋篠川の旧河道を利用して、物資運搬用に整備、使い終わったらきれいに埋めたと…なるほど。

「入るべからず、溺れるで!」と、立ち入り禁止表札(?)まで出土して、なんともユニークなものですね。

33000歩、25km、楽しい一日でした。

石川数学塾大阪
学園前教室・杉浦

(続)てくてく-春講日記(13)

昨日、恒例のテクテクしてきました。

山辺道(三輪→天理)、今回は「あれこれの古墳に脇道」無しで、一目散に歩き切りました。

JR奈良駅まで帰ってきて、テクテク平城宮跡へ。奈文研の発掘速報へ。

鎌倉時代の軒丸瓦に「興福寺」のスタンプ、にやりと笑ってしまいました。

飛鳥・白鳳の仏閣瓦ばかり見ていますと、ここには蓮華紋と決まっているのですが…。

大量生産システムの為せる業でしょうか。

同じく興福寺、北円堂脇のごみ穴から、グルメ海産物の残骸が…。

豊かな暮らしを、垣間見ました。

かんじんの平城宮跡、佐伯門脇に大溝が…。

おそらく秋篠川の旧河道を利用して、物資運搬用に整備、使い終わったらきれいに埋めたと…なるほど。

「入るべからず、溺れるで!」と、立ち入り禁止表札(?)まで出土して、なんともユニークなものですね。

33000歩、25km、楽しい一日でした。

石川数学塾大阪
学園前教室・杉浦

春講日記、まだまだ書いてます!

こんにちは。学園前教室の杉浦です。

春講日記、書いています。

第二週を終ってみまして、弁舌さわやか…には、ほど遠いかもしれません(笑)。

以下のリンクから、たどってみてください。

http://blog.livedoor.jp/ishikawasugakujuku/archives/cat_910297.html

春講第二週の記事です。

てくてく-春講日記(7)
泰然自若-春講日記(8)
禁断の問い-春講日記(9)
造る喜び-春講日記(10)
人間関係-春講日記(11)
桃源郷(前編)-春講日記(12)

石川数学塾大阪
学園前教室長・杉浦

春講日記、まだまだ書いてます!

こんにちは。学園前教室の杉浦です。

春講日記、書いています。

第二週を終ってみまして、弁舌さわやか…には、ほど遠いかもしれません(笑)。

以下のリンクから、たどってみてください。

http://blog.livedoor.jp/ishikawasugakujuku/archives/cat_910297.html

春講第二週の記事です。

てくてく-春講日記(7)
泰然自若-春講日記(8)
禁断の問い-春講日記(9)
造る喜び-春講日記(10)
人間関係-春講日記(11)
桃源郷(前編)-春講日記(12)

石川数学塾大阪
学園前教室長・杉浦

桃源郷(前編)-春講日記(12)

陶淵明(とうえんめい)の『桃花源記』(とうかげんのき)に書かれたユートピアです。「とうげんきょう」と読みます。

—————————————-
冒頭です。

晋太元中、武陵人捕魚為業。縁溪行、忘路之遠近。

こんなふうに書き下します。

晋の太元中、武陵の人、魚を捕らふるを業と為す。溪に縁りて行き、路之遠近を忘る。

こんな意味です。

谷川に沿って山中に進み、深山幽谷に入り込んでしまった漁師がいた。
—————————————-

隠れ里神話というそうです。世界中にバリエーションがあるそうです。

人里離れた理想郷、現実逃避のプチトリップに、もってこいかもしれません。

かつて「桃源郷」と言われた塾がありました。N盆地の西を南北に縦断する、Y丘陵の山中にありました。

きっちり年三回ばらまくチラシと、塾長が忘れなければ掲載された電話帳広告が、数少ないPRでした。

チラシといっても塾名と、電話番号と、前年度卒業生の在籍番号と合格校が書かれただけのものでした。

塾長は講師の授業を、黒板横で見ているだけでした。授業をかみ砕いたり、チャチャをいれたり、ボケッと聞いている生徒を叱りつけたり、そんなことばかりしていました。

授業がエクセレントなわけではありませんでした。普通の授業でした。

テキストも然り。普通の塾用教材でした。

カリキュラムはありませんでした。「どんどん進む」というだけでした。

テストも出来合いのものでした。○○進学教室××特訓コース・専従チーム特製△△合否判定・実力錬成テスト…などではありませんでした(笑)。

それでも不思議なことに、たま~に退塾者が出て、追加募集がかかると、競争率100倍の入塾希望者が殺到しました。

不思議のあまり「進学塾・桃源郷」と呼ばれたのです。

さてさて、少なからぬ数の業界人が、この秘密に気づいていました。

「桃源郷」が、人々に支持された理由です。

(後編に続く)

石川数学塾大阪
学園前教室・杉浦

桃源郷(前編)-春講日記(12)

陶淵明(とうえんめい)の『桃花源記』(とうかげんのき)に書かれたユートピアです。「とうげんきょう」と読みます。

—————————————-
冒頭です。

晋太元中、武陵人捕魚為業。縁溪行、忘路之遠近。

こんなふうに書き下します。

晋の太元中、武陵の人、魚を捕らふるを業と為す。溪に縁りて行き、路之遠近を忘る。

こんな意味です。

谷川に沿って山中に進み、深山幽谷に入り込んでしまった漁師がいた。
—————————————-

隠れ里神話というそうです。世界中にバリエーションがあるそうです。

人里離れた理想郷、現実逃避のプチトリップに、もってこいかもしれません。

かつて「桃源郷」と言われた塾がありました。N盆地の西を南北に縦断する、Y丘陵の山中にありました。

きっちり年三回ばらまくチラシと、塾長が忘れなければ掲載された電話帳広告が、数少ないPRでした。

チラシといっても塾名と、電話番号と、前年度卒業生の在籍番号と合格校が書かれただけのものでした。

塾長は講師の授業を、黒板横で見ているだけでした。授業をかみ砕いたり、チャチャをいれたり、ボケッと聞いている生徒を叱りつけたり、そんなことばかりしていました。

授業がエクセレントなわけではありませんでした。普通の授業でした。

テキストも然り。普通の塾用教材でした。

カリキュラムはありませんでした。「どんどん進む」というだけでした。

テストも出来合いのものでした。○○進学教室××特訓コース・専従チーム特製△△合否判定・実力錬成テスト…などではありませんでした(笑)。

それでも不思議なことに、たま~に退塾者が出て、追加募集がかかると、競争率100倍の入塾希望者が殺到しました。

不思議のあまり「進学塾・桃源郷」と呼ばれたのです。

さてさて、少なからぬ数の業界人が、この秘密に気づいていました。

「桃源郷」が、人々に支持された理由です。

(後編に続く)

石川数学塾大阪
学園前教室・杉浦

人間関係-春講日記(11)

いろんな人たちと、仲良くやっていきたい…と、思わない人は珍しいでしょう。

しかしながら、実際に仲良くできるとは限らない…と、煩悶する人もたくさんいらっしゃるでしょう。

小生も、若かりし頃、ずいぶんと悩みました。

意外に思われるかもしれません。破顔一笑、豪放磊落な先生が、そんなふうには全然見えません…と。

三十路を少々過ぎたころ、片手間に畑をしていたことがあります。

ナスときゅうり、定番作物から始めて、ししとう、ピーマン、枝豆、トマト、とうもろこし…と開拓し、ついにメロンやスイカを作るようになりました。

耕して、植えて、下草を刈って、ネットを張って、水やりして、クモの巣を払って、収穫したら一気に調理…べらぼうにおいしいです。

そのうちに、その場で土を取って、バリバリ食べるようになりました。これもおいしいです。何故か、しょうゆを持って収穫に…(笑)。

三年後くらいに悟りました。

ひとりぼっちになっても、大地と共に生きてゆけばよい…と。

面倒な人間関係にしがみつかずとも、大地は足元に転がっている…と。

長くとらわれた妄執に、決別した瞬間でした。

石川数学塾大阪
学園前教室・杉浦

人間関係-春講日記(11)

いろんな人たちと、仲良くやっていきたい…と、思わない人は珍しいでしょう。

しかしながら、実際に仲良くできるとは限らない…と、煩悶する人もたくさんいらっしゃるでしょう。

小生も、若かりし頃、ずいぶんと悩みました。

意外に思われるかもしれません。破顔一笑、豪放磊落な先生が、そんなふうには全然見えません…と。

三十路を少々過ぎたころ、片手間に畑をしていたことがあります。

ナスときゅうり、定番作物から始めて、ししとう、ピーマン、枝豆、トマト、とうもろこし…と開拓し、ついにメロンやスイカを作るようになりました。

耕して、植えて、下草を刈って、ネットを張って、水やりして、クモの巣を払って、収穫したら一気に調理…べらぼうにおいしいです。

そのうちに、その場で土を取って、バリバリ食べるようになりました。これもおいしいです。何故か、しょうゆを持って収穫に…(笑)。

三年後くらいに悟りました。

ひとりぼっちになっても、大地と共に生きてゆけばよい…と。

面倒な人間関係にしがみつかずとも、大地は足元に転がっている…と。

長くとらわれた妄執に、決別した瞬間でした。

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学園前教室・杉浦

造る喜び-春講日記(10)

日々、造っております。

全世界的規模で、破壊活動かまびすしい昨今、時流に反しております。

小さなものから、大きなものまで、差別も区別もなく、造っております。

ところで、必要なものが目の前に無いとき、人はどうするのでしょうか。

1)自分で造る

2)誰かに造らせる、あるいは誰かが造ったものを持ってくる

3)あきらめる

つべこべ言わんと、自分で造るんが速い…、小生、そう思う類です。

教材が無ければ、自分で造ります。

カリキュラムが無くても、造出します。

解説ノートも自分で造ります。

理想の勉強生活も、自分で造り出します。

お仕事だけではありません。

てくてくコースを微妙に変えて、気になる古墳も微妙に変わって、不変でないからおもしろいです。

そういえば4世紀末以降、前方後円墳にも「造出」(つくりだし)が備わります。

墳墓としての後円部と、祭祀エリアとしての前方部が、機能区画を分けて成立した前方後円墳。

いつしか前方部にも埋葬施設を備えはじめ、祭祀はくびれ部にはみ出した造出で行うようになりました。

盾列古墳群のウワナベ古墳(陵墓参考地)は、5世紀半ばの巨大前方後円墳ですが、周濠水位が低下した時に、まるで白砂を敷きつめような造出が見えてきます。

葺石を葺かれた墳丘とは、まるで違う空間です。

古代、古墳造営を担った土師たちも、造る喜びを、きっと満身に感じていたことでしょう。

石川数学塾大阪
学園前教室・杉浦