鬼と呼ばれた男がいました。
男が統括する中学入試スタッフは、鬼の軍団と称されました。
年内最終日は、除夜の鐘が鳴り終わるまで授業をしていました。
新年初日は、初日の出とともに授業を始めました。
受験開始ギリギリまで、試験会場で授業していました。
「中学入試は、通さなあかん」、これが口癖でした。
鬼の生徒たちは、奇跡のように合格していきました。
いつしか奇跡を願う生徒たちで、鬼の教室は繁盛しました。
しかしながら、鬼は疑問に思い始めました。
「鬼はいつか、生徒の目前から消える。鬼無き日々の、何たる堕落か!」。
いつのまにか生徒たちは、鬼の眼前を去り、放任されることばかり考えていたのでした。
鬼は鬼であることをやめました。鬼を封印したのです。
最近の生徒たちは、男が鬼であったことを知りません。
数ヶ月に一回、男に鬼が憑依して生徒を叱るときにも、まるで「借りてきた鬼」だと思っています。
男はどこか所在無いものを感じながらも、「これで良かったんだ」と、努めて考えるようにしています。
鬼であろうが、なかろうが、男は生徒の人生が、幸せ多いものとなるよう願っているのですから。