「しき嶋の やまとごころを 人とはば 朝日ににほふ 山ざくら花」
本居宣長に誘われて、満開の山桜を楽しみに、山中に分け入ってしまいます。山の神が小生を呼んでいます。
そぞろ神と申すようです。道々を守る道祖神に、化身しているのだとか。
たしかによく見ますと、錫杖を持つ手が、こっちゃ来い、こっちゃ来い…しております。
誘われてふらふら出ていく小生も小生ですが、誘う神も誘う神であります。
おおっと、責任転嫁はいけませんね。
小生まだまだ、修行が足りません。
「ねがはくは 花のもとにて 春死なむ その如月の 望月のころ」
旧暦二月(如月)の満月は、新暦三月下旬と申します。
満開の桜を踏み分けるように、死出の旅路を歩みたいものだと、西行法師が恋い焦がれ、法師はその通りの往生を遂げたと申します。
昨年の春講日記に、紀友則から「久方の 光のどけき」といただきました。
今春は西行から。「その如月の 望月のころ」とシャレこんでみます。