日々、造っております。
全世界的規模で、破壊活動かまびすしい昨今、時流に反しております。
小さなものから、大きなものまで、差別も区別もなく、造っております。
ところで、必要なものが目の前に無いとき、人はどうするのでしょうか。
1)自分で造る
2)誰かに造らせる、あるいは誰かが造ったものを持ってくる
3)あきらめる
つべこべ言わんと、自分で造るんが速い…、小生、そう思う類です。
教材が無ければ、自分で造ります。
カリキュラムが無くても、造出します。
解説ノートも自分で造ります。
理想の勉強生活も、自分で造り出します。
お仕事だけではありません。
てくてくコースを微妙に変えて、気になる古墳も微妙に変わって、不変でないからおもしろいです。
そういえば4世紀末以降、前方後円墳にも「造出」(つくりだし)が備わります。
墳墓としての後円部と、祭祀エリアとしての前方部が、機能区画を分けて成立した前方後円墳。
いつしか前方部にも埋葬施設を備えはじめ、祭祀はくびれ部にはみ出した造出で行うようになりました。
盾列古墳群のウワナベ古墳(陵墓参考地)は、5世紀半ばの巨大前方後円墳ですが、周濠水位が低下した時に、まるで白砂を敷きつめような造出が見えてきます。
葺石を葺かれた墳丘とは、まるで違う空間です。
古代、古墳造営を担った土師たちも、造る喜びを、きっと満身に感じていたことでしょう。