夏講日記(その6)-留め置かまし 大和魂-

梅雨が明けきらないのに台風がやってくる、そんな奇妙な状況に慣れっこになってしまった小生が恐ろしいです。

ふと気づいたら背筋が凍っていました…と、よくある自分に背筋が凍ります。

包丁を手の甲でくるりと一回転、危険は重々承知なんですが、貧乏ゆすりみたいなものでやめられません。

目に見えて背筋が凍るのはまだしも、普段見えないものが見えてしまったとき、恐怖最大級です。

この歳になって、お化けや幽霊が怖いわけではありません。もしもいらっしゃるのなら、仲良くなりたいものだと思っています(笑)。

人外(じんがい)の化生(けしょう)、畏るるにたらず、我が心胆を寒からしめたものとは…。

生徒たちが「学年末評定」をもらってくる季節になりました。激励代わりの補講や追加課題をかまされる皆さんもあり、悲喜こもごもです。

がんばった皆さんは誉められ、気合を入れられる皆さんは囲われ、囲われた皆さんは阿鼻叫喚を経て、「やっぱ、勉強しとかなぁ」と悟ります。

この流れるようなフルコースに、何らの疑問を持つものではありませんが、流されていく皆さんが、いつのまにか、「囲われるのが嫌」で、「強制補習が嫌」で、「追加課題が嫌」だから…と、後ろ向きに追い込まれていくことが気になります。

まずがんばる、甘かったら潔く囲われ、潔く鍛えられ、更なる深淵に潔く沈む…、これこそが本来あるべき姿ではなかったでしょうか。

言うまでもなく、人は高みに駆け昇るために生きています。さまざまなサポートシステムは、それを助けるためにあります。

しかしながら、ひとたびシステムが暴走し、人を疎外したならば、有益なるシステムは、無益どころか害悪に転化するでしょう。

これは人が作り上げた夢幻ではありません。地下深くに潜行し、いずれ人そのものを、その埒外に置かんとする魔物です。

気づいたら心機一転、潔く闘おうではありませんか。

石川数学塾大阪
学園前教室・杉浦