師匠はお酒が大好きでした。当時私もお酒が大好きでした。
なんだかんだと理由をつけては、コンパが開かれました。
師匠は酔っ払うと、何かと「F君」という学部生に語りかけました。時には涙ぐみながら語りかけていました。
師匠は泣き上戸なのだと思っていました。あまり深く考えていませんでした。
そのうち奇妙なことに気づきました。私は「F君」という学部生に会ったことがなかったのです。
奇妙なことは続きました。師匠は先輩研究者Nさんに、「F君」と呼びかけていました。学部生T君にも「F君」、しまいには私にも「F、F」と呼びかけ始めました。
「師匠!しっかりしてください」と抱え起こした時に、シーンと静まり返った雰囲気に気づきました。
「杉浦君、事情はあとでね」。先輩研究者のMさんが、耳打ちしてくれました。
MさんからF君のフルネームを聞いて思い出しました。ちょうど一年少し前(当時)、京大建学以来初めて、内ゲバで死者が出ました。白昼、情宣のスキを狙われた被害者こそ、F君だったのです。
事件ののち、師匠は泣き続けていたのだそうです。一年たっても思い出すと、人目もはばからず泣いているのだそうです。
弟子の痛みをわかってくれる師匠でした。
ヤンチャせずに、師匠を悲しませずに、慎み深く生きていこうと、心から思わせてくれました。
小生いつの間にか年を取ったのでしょう。立居振舞が、ますます師匠に似てきました。
まだまだ逆立ちしても師匠には追いつけませんが、精進していきたいと、ずっと思い続けています。
(完)