師匠は、学問・研究に厳しいかたでした。ある日のゼミの事、先輩研究者Tさんの横で、学部生が寝ていました。
師匠の怒号が、教室に響き渡りました。
「こらあ!T!…横で寝とる奴を殴って起こせ!」
何かにつけて優しいTさんは、揺さぶって起こしました。
「こらあ!学生!…発表者に失礼やろ。顔洗ってこいや!」
私も思わず目が覚めたうちの一人でした。
かく言う私も、かつての持病「ぎっくり腰」のせいで論文原稿が仕上がらなかったとき、思いっきり叱られました。
あと数ページのところで、ギクリとやってしまったのです。
案の定、師匠から電話がかかってきました。
「杉浦か?論文が出とらん!」
「先生、申し訳ありません。ぎっくり腰で、机に向かえません。」
「論文が出とらん!」
「はい、ぎっくりご…」
「論文が出とらん!」
「はい、書きますぅ~(泣き)。待っててください~(大泣き)」
コルセット三段重ねで机に向かいました。それでも痛くて、鎮痛剤をカジリました。やっと書きあがった論文を持って、東大路を転がるように、百万遍まで急ぎました。
師匠の研究室に倒れこみました。師匠はものも言わずに一気に読み通されました。そして…。
「腰は痛むか?」
「はい。」
「ホンマ、よう頑張ったな。たった(400字詰め原稿用紙)50枚(の論文)に、何冊読んだんや?」
「300冊です。」
「院試(大学院入試)に出しても、これなら通る。安心したわ。ゆっくり休みや。」
時計の針がもうすぐ23時を回るところでした。そろそろ底冷えし始めた京都の冬、比叡平のお住まいに帰る終バスを放っても、愚かな学生につき合っていただける、そんな素晴らしい師匠に巡り合えた喜びを、つくづく感じた私でした。
叱り上手な師匠でした。それはきっと、褒め上手でもあったからですね。
(続く…)